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東京地方裁判所 昭和35年(行)85号 判決 1964年5月28日

原告

岡田陽三

右訴訟代理人弁護士

高橋諦

被告東京国税局長

谷川宏

(右指定代理人三名)

主文

原告の昭和三三年分所得税につき、被告が昭和三五年六月一七日付でした原告の審査の請求を棄却する旨の決定を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求原因及び被告の主張に対する反駁として、次のとおり述べた。

一、原告は、メリヤス生地編織事業開始のため、昭和三三年三月八日サンヨウメリヤス株式会社を設立して、その代表取締役となり、同社に対し、同社工場の敷地として、原告所有の東京都墨田区寺島町一丁目一八九番宅地一一〇坪のうち五〇坪を、普通建物の所有を目的とし、期間二〇年。地代一坪当り一ケ月金二〇円の約で賃貸し、右借地権設定の対価(いわゆる権利金)として、一坪当り金二万円の割合による合計金一〇〇万円を同社より受領したが、当時右土地の更地価格は、一坪当たり約金三万円であつた。

二、原告は、右金一〇〇万円は、借地権設定の対価として取得したものであるから、譲渡所得に当たるものとして、所定の所得計算をした上で、昭和三四年一二月一一日所轄の墨田税務署長に対し、右借地権設定にかかる昭和三三年分譲渡所得金四二万五〇〇〇円の修正申告書を提出したところ、同署長は、これを不動産所得金一〇〇万円と更正し、同月二一日原告にその旨通知し、これに対する原告の再調査請求は、所得税法第四九条第四項により審査の請求とみなされ、昭和三五年六月一七日付で被告よりこれを棄却する旨の決定を受け、同月二三日原告にその旨通知された。

三、所得税法第九条第一項第三号にいう不動産所得は、地代、家賃等一定の源泉から反覆回帰的に流出する収入を予定するものであつて、財産元本の対価たる収入を予想するものでないことは明らかである。しかるに借地権設定の対価としての収入は、そのの土地から反覆回帰的に流出する収入ではなく、所有権の内容である土地の永続的利用権の譲渡代金であり、財産元本の内容的分割譲渡代金であつて、物の数量的あるいは分量的な分割譲渡の場合と実質的には異ならない。わが所得税法は、このような財産元本の対価について、第九条第一項第八号において、これを譲渡所得として課税することを定めているのであり、借地権設定の対価たる権利金が、この譲渡所得に当たることは明らかである。それ故、昭和三四年法律第七九号による改正所得税法(同年四月一日施行)では、本件係争のような収入が、譲渡所得であることを明白に規定したのである。

四、被告は、所得税法第九条第一項第八号についての昭和三四年の改正規定は創設的規定であるから、同法施行前のものについては、これが適用なく、本件係争収入は不動産所得に当たると主張する。

しかし、右改正法施行前においても、借地人が借地権を譲渡した場合には、譲渡所得として課税されていたことは、被告も認めるところであり、これを借地権設定の対価が授受された場合と対比すれば、前者が土地利用権の移転的譲渡であるのに対し、後者は、土地利用権の創設的譲渡というべき関係にあり、両者は、経済的、実質的に全く同一であるから、一方を譲渡所得、他方を不動産所得として、著しい税額の差異の生ずることを容認することは、負担の公平の原則に反するものである。のみならず、被告の主張するように、昭和三四年の改正規定が創設規定であり、借地権設定の対価が本来不動産所得たる性質を有するものとすれば、所得の性質に応じて、これを分類し、その担税力に適合するように課税標準の計算方法を異にする所得税法の下において、ひとり借地権設定の対価についてのみ、これを強いて不動産所得より譲渡所得に移し換えたこととなつて、著るしく不合理な立法といわざるを得ないこととなろう。

従つて、これを合理的に理解するためには、右改正規定の趣旨を、次のように解すべきである。もともと、譲渡所得は、沿革上不動産価格の騰貴による利得を捕捉し、売買などの機会などに課税しようとして設けられた臨時利得税(戦時中臨時軍事費の財源として新設されたもの)から発展したもので、当時は、借地権設定の対価(いわゆる権利金)の授受は一般的には行われていなかつたため、当切は、不動産所得権譲渡の場合のみを予想し、権利金に課税することは考えられていなかつたが、戦後土地利用権が借地法等によつて強力に保護される一方、地代家賃統制令等によつて地代が低額におさえられていたことなどによつて、土地利用権の価格が、更地価格の七割ないし九割を占め、地代を収受するにすぎない底地所得権価格が、更地の三割ないし一割程度となり、右土地利用権の価格に相当する金員が、権利金として借地権の設定または移転の際授受される慣行を生じ、権利金は、土地利用権の対価として、譲渡所得と目すべきものとなつたが、なお、借地権設定の際に支払われる金員が低額で、地代(その前払)とまぎらわしいものがあつたため、これらを含めて一律に譲渡所得として扱うことが相当でないところから、昭和三四年の改正規定によつて、法規の定めに適合しないものについては、これを譲渡所得として取り扱わないことを明らかにしたものである。この意味において、昭和三四年の改正規定を合理的に解釈する限り、被告の主張するように、これを創設的規定ということはできない。

五、さらに、被告は、昭和三四年の改正以前においても、権利金が譲渡所得である場合を認めることとすれば、譲渡所得と不動産所得を分別する基準が不明確なため、結局これを係官の主観的な恣意的判断に委ねることとなつて不当であると主張するが、観念的にはともかく、実際問題としては、地代と権利金の区別は明白であり、さらに、取扱上の異同についても、所得税は、多数の通達によつて運用されているのが実情であつて、権利金についても適切な通達によつて、統一的な取扱いが可能であり、係官の主観的、恣意的な判断を排除する方法は存するのであるから、被告の右主張のような事情は、本件係争収入を譲渡所得と解すべきことのなんらの妨げとなるものでもない。

六、仮りに、以上の主張が理由がなく、本件係争収入が譲渡所得に当らないとしても、右収入が、不動産所得の予定する反覆回帰性をもつ収入に当らないことは明らかであるから、一時所得か、また雑所得のいずれかに包含されるべきものである。

七、よつて、本件収入を不動産所得に当たるものとして、原告の審査の請求を棄却した被告の決定は違法であるから、その取消を求める。

<証拠省略>

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁及び被告の主張として、次のとおり述べた。

一、請求原因第一、第二項の事実は、すべて認めるが、原告主張の収入が不動産所得に当たらないとの主張は争う。

二、所得税法第九条第一項第八号についての昭和三四年法律第七八号による改正の経緯は、別紙添付昭和三六年三月二四日付準備書面記載のとおりであるが、これによつて明らかなとおり、右改正規定が創設的規定であつて、同法施行前において、いわゆる権利金を譲渡所得として扱う余地はなかつたのである。

原告主張のように、右改正規定の有無にかかわらず、権利金を譲渡所得として取り扱うべきものとすれば、右改正前において、改正規定及び所得税法施行規則第一一条の二の規定があつたと同様に解釈することは技術的に不可能のことであり、譲渡所得か不動産所得かを分別する基準が甚だ不明確となつて結局係官の主観的な恣意的判断に委ねる外ないこととなり、その不当なことは明らかである。

従つて、かかる規定の存しなかつた係争年度においては、不動産の使用改益権の設定に伴う権利金の取得は、不動産所得であつて、資産の譲渡による所得ということはできない。

三、原告は、係争収入を譲渡所得に属すると解し得ないとすれば、一時所得または雑所得に包含されるべきであると主張するが、前者は、所得税法第九第一項第一号ないし第八号以外の所得で、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得のうち、労務その他の役務の対価たる性質のものをいい、不規則的、偶発的所得を主たる内容とするものであり、また後者は、同条第一項第一号から第九号までに規定する所得に属さないすべての所得をいうもののであるところ、不動産を他人に使用させることによつて得た所得は、すべて同条第一項第三号の不動産所得に該当し、いわゆる権利金も借地権設定に当たり授受されるものであつて、右の所得に該当することは疑いを容れないところであるから右の所得が一時所得または雑所得に該当することはありえない。

四、以上のとおり、原告の主張はいずれも理由がなく、原告が本件賃貸借において収得した権利金を不動産所得として原告の審査請求を棄却した被告の決定は、適法である。

<証拠省略>

理由

本訴の争点は、原告が、昭和三三年三月訴外サンヨウメリヤス株式会社に対し、原告所有の土地五〇坪を、普通建物所有の目的で、期間二〇年、賃料一坪当り一カ月金二〇円と定めて賃貸するに当たり同社からいわゆる権利金として受領した金一〇〇万円(一坪につき更地価格金三万円の三分の二に当たる金二万円の割合による金額)が所得税法(昭和三四年法律第七八号による改正前の所得税法。以下、単に所得税法という場合は、右改正前のものをいい、改正所得税法とは、右改正後のものをいう。)第九条第一項第三号の不動産所得に当たるものとした被告の認定が適法かどうかということにある。

そこで考えてみるに所得税法第九条第一項第三号によれば、不動産所得とは、「不動産……の貸付(地上権又は永小作権の設定その他他人をして不動産……を使用せしめる一切の場合を含む。)に因る所得」と定められており、一見、被告の主張するとおり、権利金も不動産の貸付に起因する所得として、不動産所得に当たるもののように解せられないものでもない。

しかし、不動産所得という所得の種類が、所得税法上定められたのは、被告の主張するとおり、昭和一五年法律第二四号による分類所得税の採用に始まるものであり、同法における不動産所得の意義については、前記所得税法第九条第一項第三号と同文の規定であつたところ、鑑定人嶋田久吉の鑑定の結果及び証人植松守雄の証言によれば借地権の設定に際し、土地所有権の更地価格の大きな割合に当たる金額が権利金として授受される慣行が一般化したのは、第二次大戦後、とくに比較的近時のことであると認められるので、昭和一五年法律第二四号においては、土地所有権の更地価格の大きな割合に当たる権利金のようなものが、不動産所得の対象として予想されていなかつたことは、疑いのないところである。その後昭和二二年法律第二七号による改正の結果、不動産所得という所得の種類は一旦廃され、利子所得、配当所得、臨時配当所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得以外の所得は、すべて事業等所得に含められ、従前不動産所得に該当した所得は、右事業等所得に吸収されたが、この改正の理由は、被告の自認するところによれば、終戦直後の混乱した社会事情の下において、不動産の賃貸借の事例が比較的少なく、その対価も地代家賃統制令により比較的少額におさえられていた事情も加わつて、不動産の貸付による所得としてはみるべきものがなかつたこと、しかも、不動産所得も事業所得も営利性と継続性とがあり、その算出方法は総収入金額から必要経費を控除する方法によつていることなどの点から、不動産所得を事業所得と別個の所得類型としてとらえる意義がとぼしいとの見地から行なわれたものであるというのである。その後さらに、昭和二五年法律第七一号による改正によつて、前記第九条第一項第三号の規定が挿入され、再び不動産所得という所得類型が定められるに至つたが、被告の自認するところと前記鑑定人の鑑定の結果及び証人の証言とによれば、この改正は、その後経済事情も立ち直り地代家賃統制令も緩和されて、不動産の貸付が頻繁に行なわれ、それに基づく所得を独立の課税対象として規定することが適当と認められるに至つたことによるものであるが、しかし、この改正当時においてもなお、権利金の性質が判然とせず、権利金授受の慣行が一般化していると認められる状況にもなかつたため、権利金を不動産の貸付に起因する所得以外の所得として取り扱うという考え方が立法上考慮された事実はなく、また、当時における権利金なるものの実態が立法上特別の考慮を促すようなものでなかつたことがうかがわれる。

以上の立法の経過から判断すると、所得税法が所得類型としての不動産所得の対象として予想していたところのものは、昭和一五年に初めてこの所得類型が定められて以来終始変らず、地代、家賃等のような不動産賃貸の対価として授受される継続的、営利的性質の所得であり、仮りに権利金名義で授受された金員がこのうちに含まれるとしても、それは比較的少額の地代、家賃の前払として不動産所得に包摂させることがさして不自然、不公正と認められない程度のものであつたと認めざるを得ない。

ところが、成立に争いのない乙第一号証、前記鑑定人の鑑定の結果及び証人の証言並びに世上常識として知られていることがらとして当裁判所に顕著な事実を合せ考えると、土地賃貸借に当り権利金を授受する慣行は、第二次大戦前においては、主として商業地の一部において見られる程度で、その性質もいわゆる営業権の譲渡対価と目し得べき場合が少なくなく、またそのように解し得ない場合であつても、権利金の額は比較的低額で、これを地代の一部と解すことがさして不合理ではないようなものであり、他方土地賃借権自体の売買ということもそれほど広くは行なわれておらず、土地賃借権の財産価値もたいして重視さるべきものではなかつたところ、さきにも一言したとおり、戦後、とりわけ近時において、土地賃貸借における権利金授受の慣行は広く一般化するとともに、その額も著るしく高額となり、更地価格の五割を超える場合が少なくないこと、かような高額の権利金授受の慣行と借地法等による借地人の保護とが相いまつて、土地所有者の借地人に対する地位は相対的に弱いものとなり、一旦建物の所有を目的として借地権が設定された以上、土地所有者は、その後借地権が譲渡されまたは当初約定の賃貸借期間が満了した場合においても、事実上多くの場合譲渡の承認や期間の更新を拒み得ず、借地権を新規に設定する場合の権利金に比してかなり低い金額を名義書換料ないし更新料の名目で受領することによつて譲渡を承認し、更新に同意をさせざるとえない地位に甘んぜざるを得ないこととなるのが通常であること、他面土地賃借権の価格も近時極めて高額となり東京都においては、更地価格の七ないし九割程度に達しており、その結果、賃借権の設定された土地の所有権価格は、更地価格の三ないし一割程度に過ぎず、これを任意譲渡する場合においては、更地価格に比し極めて低額の対価を所有権者は取得しうるに止まり、またこれが土地収用等によつて強制収用される場合においても、更地価格の大分部は土地賃借人に支払われ、土地所有者に支払われる額はごく僅かであること、しかも、権利金の額の決定は、賃貸借当時の更地価格との対比において決定され、必ずしも賃貸期間とは対応せず、とりわけ、借地法により賃貸借の更新が強く保障されてといるころから、当初の契約期間をもつて賃貸期間とした上、その期間分の地代の前払いとして権利金を算定することは困難な事情にあり、たとえ賃貸借契約期間中に解除、合意などによつて賃貸借契約が終了しても権利金は一般に返還されないこと、以上のような事実が認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない。

以上認定したところによれば、土地所有権の更地価格の極めて大きな割合に当る近時の権利金なるものの実態は、所得税法が不動産所得の対象として予想する地代、家賃(もしくはその前払)のような継続的、営利的性質の所得とは、その実質を異にするものであることは明らかである。従つて、かような権利金がいずれの所得類型に当たるかの判断は、右述のような権利金の実態に強いて目をおおい、所得税法第九条第一項第三号の文理解釈を唯一の手掛りとしてこれを判定すべきものではなく、かえつて、権利金の実態は法が不動産所得の対象として予想するところのものとは実質を異にするものであるとの認識を前提として、各種所得類型のうち、いずれの類型にもつとも近い性質をもつものであるかという見地からこれを判断すべきものである。この見地から考えてみると、前認定のような権利金の実態によれば、土地所有権の更地価格の極めて大きな割合に当れる近時の権利金は、経済的、実質的観点においては、所有権の権能の一部(利用権)の譲渡(原告のいう利用権の創設的譲渡)の対価としての性質をもつものと認められ、そのかぎりにおいて、所得税法第九条第一項第八号の「資産の譲渡に因る所得」にもつとも近い性質をもつものと認めざるをえず、法が不動産所得においては元本から生ずる営利的所得を眼中においているに対し、譲渡所得においては、資産の譲渡の際における元本資産の値上り利得を眼中においていることから考えても、権利金を譲渡所得の類型に包摂せしめることが、法の精神にも合致し、課税の公正の要請にもそうものといわねばならない。従つて、土地所有権更地価格の三分の二にも当たる本件の権利金は、譲渡所得に当たるものと類推解釈するのが相当である。

ただ、純法律的、形式的見地からすれば、借地権の譲渡代金と借地権設定の対価としての権利金とを、まつたく同一性質のものということのできないことは否定し得ないところであり、従つて、権利金を譲渡所得として取り扱うについては、立法が望ましいことはいうまでもないところである。しかし、所得税法は、所得を類型化するに当つて、「賃貸に因る所得」、「譲渡に因る所得」というような民法的用語を使用しているが、これらの法律的行為の民法上の性質のみ重視しているものとは思われず、むしろ、これらの行為、従つてこれから生ずる所得の経済的実質に着目し、それぞれの経済的実質に応ずる担税力を考慮して課税所得額を算定せしめる趣旨において所得の種類を分類したものと解すべきであるから、或る所得がいずれの類型に該当するかを判断するに当たつては、純法律的、形式的観点よりも、むしろ、経済的実質的観点が重視さるべきものであり、従つて経済的実質が類似するとの認識を根拠として類推解釈を行うことが許されないと解すべき根本的な理由はないものといわねばならない。

もつとも、税法の解釈適用に当たつては、法の予想を超えて実質的に新たな課税対象を創設し、もしくは課税対象を拡張しまたは納税者に不利益を来たすよな、方向において類推ないし拡張解釈を行うことは慎しまるべきものであるが、権利金を譲渡所得と解するときは、これを不動産所得と解する場合に比して、納税者にとつて著しく有利となることは、所定の所得金額算出方法に照らして明らかであり、近時における権利金なるものの実態についてさきに認定したところと、昭和三四年法律第七八号による所得税法の改正及びこれに伴なう施行規則の制定により更地価格の五割を超える権利金の取得が譲渡所得として取り扱われることとなつた事実とを考え合わせること、本件課税年度当時、すでに、更地価格の大きな割合に当たる権利金を一律に不動産所得として取り扱うことの不公平、不公正が顕著となり、これを是正するために早晩立法が要請される状況にあつたことがうかがわれるので、かように、立法の遅延による不公平不公正を是正し、納税者の利益を図る方向において税法の類推解釈を行なうことを禁ずべき理由はないものといわねばならない。そればかりでなく、成立に争いのない乙第一号証及び証人植松守雄の証言によれば、法人または個人の企業が、土地の賃借に当たり、権利金を支払つた場合について、地代の支払いは、所得計算上損金または必要経費として収入より控除することが認められているのに、権利金の支払いは、いわゆる資本的支出として、収入より控除することを認めない取扱いとなつており、地代と権利金とは、これを支払う側については、全く性質の異なる支出とされていること、相続税の賦課に当つては、土地賃借権の価格を、例えば東京都においては、更地価格の五ないし九割と定めて、これを評価する取扱いとなつていること、しかも、かような取扱いが、すべて法律の規定に基づかず権利金ないし土地賃借権の経済的実態の評価、認識に基づき行なわれていることがうかがわれるのであるが、一方でこのような税務の取扱いを行ないながら、ひとり権利金の取得者についてのみは、経済的実態の認識に基づく類推解釈をどこまでも拒否し、明文の規定がないかぎりこれを譲渡所得として取扱うことは不可能であるとすることは、誠実、公正な税務行政の遂行ということのできないことは明らかである。

なお、被告は、明文の規定を欠く所得税法の下で権利金を譲渡所得として取り扱うべきものとすれば、具体的な運用が担当係官の恣意に委ねられる結果となるとも主張するが、租税実体法が複雑な社会、経済事象を対象とするところから、常に一義的に明白なものとはいえず、そのため担当係官の恣意、主観を排するため、極めて多数の通達が発せられていることは、当裁判所に顕著な事実であつて、法の規定の範囲内で、課税行政を公正、能率的に遂行するために必要がある場合に通達を発することを禁ずべき理由はないわけであるから、すでに、更地価格の大きな割合に当たるような権利金を類推解釈によつて、譲渡所得として取り扱うことが可能であるとの基本的態度をとる以上、いかなる基準によつて譲渡所得として取り扱うものと不動産所得として取り扱うものとを区別するか等の扱について、実態に即した適正、かつ合理的な通達を発することによつて、係官の恣意を排し、統一的な取り扱いをすることは、それが許されるというにとどまらず、むしろ行政当局に課せられた当然の責務というべきであるから、この点の被告の主張は、到底採用できない。

以上の次第で、原告の取得した権利金をもつて、譲渡所得として取り扱わず、不動産所得に当たるものとした墨田税務署長の更正処分を維持した被告の審査決定は違法であり、これを譲渡所得として取り扱う場合には、課税所得算出上、原告に対する課税額が減少することは明らかであるから、右審査決定は取消しを免かれないものである。

よつて、原告の請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官白石健三 裁判官浜秀和 町田顕)

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